UPDATED 06.01.2008
横井一江 Column #18 Intakt Records
−クリエィティヴ・ミュージックの今を伝える−

  スイスにあるIntakt Recordsの諸作品は、ミュージシャン達の創造的欲求の「今」を伝えていると言っていい。そこからはコマーシャリズムやアカデミズムとは一線を画した ところで音楽活動を続けてきた彼らと彼女たちの音楽に対するゆるぎない姿勢が伝わってくる。60年代に爆発的なパワーをもって出現し、70年代に世界中を 席巻したフリー・ミュージック、それらは既にひとつの系譜を形づくり、即興音楽やジャズの現在はそれと繋がっている。彼らと彼女たちはその最もコアな部分 にいるのだ。

 昨年(2007年)はIntakt Recordsが大きくステップアップした年だったといえる。All About Jazz New YorkでCD Label of the Yearに選ばれたのだ。ヨーロッパでは十分な知名度はあったが、世界中からアクセスしているウェブ・マガジンとはいえアメリカでもその認知度がアップし ていることは確かだろう。その年にリリースされたアルバムには、結成40周年を迎えたグローブ・ユニティ・オーケストラの『GLOBE UNITY - 40 YEARS』(Intakt CD133)、レオ・スミスとギュンター・ゾマーという大ベテラン二人による『Wisdom in Time』(Intakt CD128)、ブックレット付きのバリー・ガイ『Portrait』(Intakt CD123)、高瀬アキ&ジルケ・エバーハルドがオーネット・コールマン初期作品に取り組んだ『ORNETTE COLEMAN ANTHOLOGY』(Intakt CD129)など注目すべき作品が揃っていたことも大いに関係している。

 Intakt Recordsのそもそものはじまりは、1986年にイレーネ・シュヴァイツァーの『Live at Taktlos』(Intakt CD001)のリリース。そのきっかけは、タクトロス・フェスティヴァルをオーガナイズしていたパトリック・ランドルトがその音源を幾つかのレコード会社 に持ち込んだが、結局全て断られたからだという。スイス人のシュヴァイツァーはジャズ・ピアニストとしてデビュー、60年代後半にヨーロッパで起こったフ リー・ミュージック・シーンでは紅一点ともいえる存在だった。十分なキャリアと実力をもつピアニストであるのになぜ断られたのか。80年代半ばスイスでは レズビアンによる運動が盛んで、シュヴァイツァーはそのシンボル的存在とみなされていたことが暗に作用したらしい。それで、ランドルトやシュヴァイツァー らは自分達でレコードを制作することを決めたのだ。初期のリリースにシュヴァイツアーの録音が多いのはこのためである。なかでも、その音楽的なバックグラ ウンドから今日までを伝えるドキュメンタリー・フィルムをDVD化した『Irene Schweizer A Film by Gitta Gsell』(Intakt DVD121)はその時代背景にも触れることができる貴重なドキュメントといえる。
 その80年代半ばは、それまでマッチョな男世界だったジャズや即興音楽の世界で女性演奏家が世界的に活躍し始めた時期と一致する。それがスイスのレズビ アン運動との関連性があるのかないのかはさておき、日本でも雇用機会均等法が出来たのもこの時期であり、女性の意識や価値観が大きく変化した時代であった ことには間違いない。60年代終わりに出来たFMPなどのフリー・ミュージックのレーベルに比べるとIntakt Recordsでの女性音楽家の録音が多いのもひとつの時代性であり、レーベルの出自とも関連性があるのかもしれない。
 かつてヨーロッパ・フリーと呼ばれていた即興音楽もポストモダンの時代を経て、その多様性を増している。切り口が異なれば、また違った傾向なり、状況が 見えてくる。CDがかつてのLPと違い、簡単に制作出来るようになった今、ミュージシャン自身による、あるいはその周辺の関係者によるインディペンデン ト・レーベルが近年増えた。しかし、それらの多くは核となるミュージシャンを中心とした小さな世界だ。それもまたいいだろう。だが、継続は力なり、であ る。Intakt Recordsは、約20年の間にそのネットワーキングを広げていき、かつて全盛期のFMPのように、ひとつの開かれたポリシーをもって、世界に向けて発 信するに至った。だが、かつてのFMPとの違いは音楽的な傾向の多様性、また、大ベテランから今が旬のミュージシャンや若手まで、現代的解釈によるジャズ 作品から実験的な即興音楽まで、またインターナショナルからローカルまで、その範囲が多岐に渡ることだ。
 バリー・ガイのロンドン・ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラの長年に渡る活動記録といってもいい諸作、また、アレクサンダー・フォン・シュリッパン バッハのグローブ・ユニティ・オーケストラ活動再開後の録音などは貴重なドキュメントである。また、アンソニー・ブラクストンやアンドリュー・シリル、オ リヴァー・レイクなどの欧米の即興音楽シーンを築いてきた大ベテラン達の現在の活動を伝えている。反面、日本ではATOMICでの活動で注目を集めたが欧 米でもその評価が高いポール・ニールセン・ラヴの参加するステン・サンデル・トリオ『Sten Sandell Trio』(Intakt CD122)や、即興音楽では独創的なトランペット・プレイで大ベテランから若手まで様々なミュージシャンとセッションを重ね、特に即興音楽では非常に高 い評価を得ている独創的なトランペッター、アクセル・ドゥナーや高瀬アキとの共演で知られるルディ・マハールらのディー・エントトイシュング『Die Enttaeuschung』(Intakt CD125)など現在注目を集めているミュージシャンの異色のプロジェクトもある。そしてまた、ジョージ・ルイスの実験的なプロジェクトによる 『Sequel』(Intakt CD111)という興味深くかつ注目すべき作品の存在も忘れてはいけないだろう。
 スイス在住のミュージシャン、ハンス・コッホを始め、ルカス・ニグリ、コ・シュトライフ、サーデット・トゥルコス、現在ではニューヨークで活躍するシル ヴィー・クロヴァジェなどを紹介してきた意義も大きい。ローカル・ミュージシャンのレコーディングには若干ではあるが助成金を得られるというのは、大きな 驚きである。最近は、スティーヴ・レイシーに教えを請うたソプラノサックス奏者ヨーク・ヴィッキーハルダーとピアニスト、クリス・ヴィセンダンガーという 若手二人による『A Feeling for Someone』(Intakt CD134)を出している。これは所謂フリー、即興ではなく、イマジナティヴな作品で、一般のジャズファンにも十分受け入れられる作品だったのが興味深 い。
 Intakt Recordsの中でも最大の話題をもたらしたのは、即興音楽中心だったそのカタログでは異色作だった『Monk’s Casino』だろう。シュリッペンバッハがモンク作品全曲を一日のコンサートで演奏するという前代未聞のプロジェクトを3枚のCDに収録したもので、共 演者がルディ・マハールやアクセル・ドゥナーと今が旬のミュージシャン達ということもあってか、大きな話題となった。ジャズのテーゼに従って反復されるこ とが圧倒的に多い過去に創られたジャズ作品だが、アプローチの仕方によっては再びその瑞々しさを甦らすことが可能であることを、老練なかつて最前衛だった インテリは証明してみせたのだ。このアルバムの成功により、レーベルとしてのIntakt Recordsの知名度が一気に上がったといえる。パトリック・ランドルトが新聞の編集の仕事を辞め、Intakt Recordsのプロデュースに専念し始めたのもその時期である。
 このようなレーベルを維持していくのは決して容易なことではない。なぜ20数年間に渡ってIntakt Recordsを続けることが出来、また注目されるレーベルになったのか。ランドルトは「音楽のクオリティに妥協しないこと。長期的な視野に立ち、フェス ティヴァルや新聞、ディストリビュータなどとネットワークを築くこと」だという。ちなみに彼自身のフェィヴァリットはどの作品かと訊ねたら、セシル・テイ ラーのソロ『Willsau Concert』(Intakt CD072)という答えが返ってきた。

 今年に入っても続々注目作をリリースしている。フレッド・フリス、ラリー・オークス、ミヤ・マサオカによるサンフランシスコの即興プロジェクト“メイ ビー・マンデー”がニューヨークのダウンタウン・シーンのミュージシャンと共演した『Unsquare』 (Intakt CD132)。結成三十数年になるというアレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハ、エヴァン・パーカー、ポール・ローヴェンスのトリオの新作 『Gold Is Where You Find It』(Intakt CD143)、バリー・ガイ、マリリン・クリスペル、ポール、リットンによる『Phases Of The Night』(Intakt CD138)、ルカス・ニグリのドラム・カルテットの作品など。また、バリー・ガイのロンドン・コンポーザース・ジャズ・オーケストラが5月21日にスイ スのジャズ・フェスティヴァル・シャフハウゼンに出演。経済的な理由で活動を中断していたが10年ぶりに眠りから覚めた。その記録もいずれリリースされる のではと期待している。そのカタログではベテラン・ミュージシャンの比重が高いが、その健在ぶりを伝えることも大切であるが、若手もどんどん紹介してほし いところだ。
 また、1st IMPRO-DAYS-HYDRAと題してIntakt Recordsに録音しているミュージシャンとギリシャのミュージシャンによるイベントが6月にギリシャのハイドラ島で行われ、ベルリンでは7月にCD ジャケットのアートワークの展示会が開催される。今まで以上にアクティヴな活動を考えているパトリック・ランドルトの戦略がここに見え隠れしている。その 動向から目が離せない。なぜなら、クリエィティヴ・ミュージックのコアな部分がそこにあるからである。

Intakt RecordsのHP

*参考リンク
Intakt DVD121 『Irene Schweizer/A Film by Gitta Gsell』

Intakt CD111 『George Lewis/SEQUEL』

Intakt CD115&116『Alexander von Schlippenbach/Twelve Tone Tales Vol.1 & 2』

Intakt CD123 『Barry Guy / Portrait』

Intakt CD126 『Die Enttaeschung』

Intakt CD129 『Aki Takase, Silke Eberhard/Ornette Coleman Anthology』

2005この1枚International
Intakt CD100 (3CDs) 『 Alexander von Schlippenbach/Monk's Casino』

2006この1枚International
Intakt CD115&116 『 Alexander von Schlippenbach/Twelve Tone Tales Vol. 1 & Vol. 2』

2007この1枚International
Intakt CD133 『Alexander von Schlippenbach Globe Unity Orchestra / Globe Unity − 40 Years』


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